本書の目的は以下の二つである。第一に、経営者によって行われる会計操作はどのような動機の下で行われ、その動機がどのような状況下で生じるのかという論点である。第二に、株式市場は、経営者の会計操作をどのような形で株価に反映させるのかという論点である。 この2つの分析目的を解明するに際して、IPO、買収防衛策導入、企業再編の3つのコーポレート・イベントを分析対象として、それぞれのイベントにおいて経営者は、会計操作(利益調整)を行っているか、行っているとすればその動機はどのようなものなのかを検証し、さらにそれに対して株式市場はどのように反応しているかを分析した。第一部では本書の実証分析の理論的視座得るため経営者の会計操作のゲーム理論的検討を行い、さらに先行研究の広範なサーベイにより分析の問題点を浮き彫りにした。第二部以降の分析が本書の本論部分であるが、その分析と結論の骨子は以下のようなものである。 まず第一の分析目的については、3つのコーポレート・イベントの多くのケースで、その前後に経営者は何らかの利益調整を行っていることが統計的に実証された。この結果は、本書で繰り返し述べてきたように、IPO、買収防衛策の導入、企業再編といった、企業にとって大きなイベントを、経営者が自己の持つ裁量性を発揮して会計利益を操作して自己あるいは自社にとって有利な条件で成功させようとする意図の表れであると考えられる。そして、本書の研究において、この背景には、イベントにまつわる経営者と資本提供者などのステークホルダーの間の情報の非対称性が存在することが証明されたと言えよう。 第二の分析目的については、3つのコーポレート・イベントの多くのケースで経営者は利益調整を行うが、それらの株式市場への影響については、イベントごとに多様な結果が示された。このことは、各イベントの特性によって、株式市場が経営者の利益調整行動を織り込む、その度合いが異なることを意味すると考えられる。ここから推察できることは、イベントによって、株式市場の会計数値・経営者の行動に対する情報効率性が異なる可能性があるのではないかということである。