本報告では、経営理念の具現化による企業価値向上を目指すなかで、現ビジネスモデルの‘ナレッジ産業化’を図る企業変革に挑戦しながら創業106周年を迎えた中小製造業を対象に実施した、探索的シングル・ケース・スタディの詳細を明示した。
当ケース・スタディの目的は、経営者が自らの言行や意思決定を内省する姿勢を活かした理念主導型経営(理念を経営行動の基軸に据えた経営)の実相を対象に、‘物語’概念を援用した視座から分析し導出した研究成果をもとに、当該社ならではの持続可能な理念主導型経営の構築・定着化の可能性について検討することである。そのうえで、経営資源の脆弱性が指摘される中小企業の勝ち残りに資する議論を、先行研究の多様な示唆から派生的に喚起し、一石を投じることにある。
そこで、中小企業を対象とした先行研究に指摘される理論的な限界や弱点を踏まえたうえで、とくに「経営組織論」からの知見に依拠しながら、理念経営が進展するプロセスを‘物語’として捉えて議論した。その結果、報告者が導出した持続可能な理念経営に求められる要諦は、理念経営を支えるコア・コンピタンスを見出し、磨き続けていること、将来志向で内省し続ける姿勢が経営トップを中心に組織に根づいていることである。これは、ひとつの探索的試論の域は超えない内容であるものの、中小企業が理念を基軸とした経営行動をもとに社会的認知を受けた人・組織として、企業社会のなかで勝ち残っていける可能性を示唆する内容でもある。
なお、実務領域に応用し得る含意として、理念経営の組織内浸透は、中小企業における非組織的経営行動の見直しなどによる経営の近代化を図るうえでも、有効な手段となり得ることが挙げられる。