『二都物語』における Cruncher 親子を単に “comiccharacter” として捉えることでその不十分さを強調する考え方を離れ、近年、彼らのパロディカルな役割に着目してそれを物語全体を読み解く鍵とする研究が進められている。父親殺し、復活、作家活動自体などをそのパロディの対象と考えようとするのは主なものである。本論はそのような研究の主流に従いながら、特にこの親子が活躍する第二巻第十四章を取り上げ、その場の「葬送」が如何にフランス革命に関わる他の重要な「葬送」をイギリスでパロディカルに反復することで物語の緊密な構成に寄与しているか明らかにすることを試みる。